ローマの人々への個別のあいさつ③(ローマ16:8-11)
16:8 主にあってわたしの愛するアンプリアトによろしく。
さらにパウロはアンプリアトにあいさつを送ります。
ここをはじめとするいくつもの箇所でパウロは「主にあって」というフレーズを使用しています。真実の愛はどんな場合でも主イエスと離れては永続して存在しえません。クリスチャンが兄弟愛を育めるのは神が一人一人を主イエスのうちにとどまらせてくださっているからにほかならないことを忘れないようにすべきです。そうすればわたしたちも「主にあって」兄弟たちを真に愛することができます。
16:9 キリストにあってわたしたちの同労者であるウルバノ,またわたしの愛するスタキスによろしく。
続けてパウロはウルバノとスタキスにあいさつを送ります。ウルバノはラテン名、スタキスはギリシャ名です。
ウルバノのほうは「わたしたちの同労者」と呼ばれています。きっと何らかの形で良いたよりの伝道に協力してパウロとともに働いたのでしょう。パウロが複数形で「わたしたち」と述べているのは、伝道の務めが一人で果たすものではないからでしょう。もしかするとテモテも念頭に置いて「わたしたち」と述べたのかもしれません。
16:9 キリストにあってわたしたちの同労者であるウルバノ,またわたしの愛するスタキスによろしく。
スタキスのほうは「わたしの愛する」という紹介が付け加えられています。単数形の「わたし」という語にパウロの個人的な親愛の情が言い表されています。
16:10 キリストにあって是認された者アペレによろしく。
パウロはアペレにもあいさつを送ります。
16:10 キリストにあって是認された者アペレによろしく。
アペレについていわれている「是認された」という語はギリシャ語dokimosを訳したものです。この語はもともと「貨幣や金属の品質が試験によって十分に証明されている」状態を意味し、語根は5章4-5節の注解で説明したギリシャ語dokiméと同じです。パウロいわくアペレの信仰は試練を経て立派に証明されているのです。要は正真正銘のクリスチャンということです。
16:10 アリストブロの家の者たちによろしく。
パウロはアリストブロ家の人々の安否も尋ねています。「家の者たち」には家族だけでなく家の奴隷たちも含まれる可能性があります。
一説によるとアリストブロはヘロデ大王の孫でした。もしかするとアリストブロ自身はすでに死亡していたのかもしれません。それでも彼の家からクリスチャンに改宗した人たちが出ており、アリストブロ家という一つのまとまりで彼らの敬虔さは知られていました。
16:11 わたしの同族ヘロデオンによろしく。
ヘロデオンへのあいさつです。彼はアンデロニコやユニアスと同じくパウロの同国人ということでユダヤ人でした。
16:11 主にあるナルキソの家の者たちによろしく。
ナルキソ家の人々へのあいさつです。「家の者たち」に奴隷も含まれる可能性があること、またナルキソが故人かもしれないことなどについては10節のアリストブロ家の場合と同様です。伝承によればナルキソはローマ皇帝一族の大官であったとのことですが、真否は不明です。
パウロはナルキソ家のうちの「主にある」者たちにあいさつを述べています。このことから当時ナルキソ家にはまだ異教徒のままの者もいたことがわかります。
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