約束による選び②(ローマ9:10-13)





9:10 しかし,その場合だけでなく,リベカがただ一人の人,わたしたちの父祖イサクによって双子を宿した時もそうでした。

イサクの例に続いて今度はヤコブの例です。こちらも人間の観点からすると選ばれるはずのない側が神に選ばれる例となりました。アブラハムの子イサクはリベカと結婚しましたが、二人の間に生まれたのは双子のエサウとヤコブでした。この二人の場合にも神の選びに関してイシュマエルとイサクに生じたのと同様のことが生じました。




9:11-12 彼らがまだ生まれておらず,良いこともいとうべきことも行なっていなかった時に,選びに関する神の意図が,業にではなく,召される方に引き続き依存するため,彼女に,「年上の者が年下の者の奴隷になる」と言われたのです。

アブラハムの子イシュマエルとイサクは異母兄弟でしたが、イサクの子エサウとヤコブは母を同じくする双子の兄弟でした。二人がまだ胎児だった時に神は兄エサウとその子孫が弟ヤコブとその子孫に仕える身分になることを告知されました。その出来事が記録された創世記2523節がここに引用されています。

人間的な理解ではエサウが長子としてイサクの権利を受け継ぎ、アブラハムの胤の家系となるはずでした。しかし神が選ばれたのはエサウではなくヤコブでした。




9:11-12 彼らがまだ生まれておらず,良いこともいとうべきことも行なっていなかった時に,選びに関する神の意図が,業にではなく,召される方に引き続き依存するため,彼女に,「年上の者が年下の者の奴隷になる」と言われたのです。

何か良いことを行ったという理由でヤコブは選ばれたのでしょうか。それはありえません。彼が選ばれたのは二人が生まれる前、つまりヤコブとエサウが「良いこともいとうべきことも行なっていなかった時」だったからです。




9:11-12 彼らがまだ生まれておらず,良いこともいとうべきことも行なっていなかった時に,選びに関する神の意図が,業にではなく,召される方に引き続き依存するため,彼女に,「年上の者が年下の者の奴隷になる」と言われたのです。

年長でもなく、良い業を行ったわけでもないヤコブが長子の権を獲得するに至ったことは、彼を選ぶことを良しとする「神の意図」が働いたからという理由を抜きにして説明がつきません。

ヤコブの例もまた、神の選びが人間にとって自然な方法で行われるわけではないことを示しています。通常なら兄エサウが選ばれます。もしも弟が選ばれるのであれば、弟がよほど何か立派なことを行ったのだろうと考えるのが通常です。しかし神の選びについては、結局肉的な順位も本人たちの行為も一切関係なかったのです。






9:13 「わたしはヤコブを愛し,エサウを憎んだ」と書かれているとおりです。

マラキ12-3節にも神がエサウ以上にヤコブを愛しておられることが記されています。マラキはヤコブたちよりもずっと後の時代を生きた預言者ですから、ここに引用された言葉は、神が選びに関する意図を長年たった後でも変えておられないことを示すものといえます。